2026年8月6日 21時00分陜川=貝瀬秋彦印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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広島への原爆投下から81年となった6日、韓国南部の慶尚南道・陜川(ハプチョン)で原爆の犠牲者らの追悼式が開かれた。陜川には日本の植民地支配下で広島に渡り、原爆の被害を受けた人が多く、「韓国のヒロシマ」とも呼ばれている。 韓国原爆被害者協会が主催した式には、被爆者や遺族、韓国政府関係者や日本の支援者、在韓日本大使館の関係者らが参加した。 広島で胎内被爆した韓国原爆被害者協会の李圭烈(イギュヨル)会長(80)はあいさつで「私たちは広島と長崎で犠牲になった方々の霊魂を慰めるために集まった」としたうえで、追悼施設の建設推進や被爆2世、3世への対策などを求めた。「韓国のヒロシマ」からノーベル平和賞授賞式へ 知る機会、韓国でも国家とは何か、問い続けた半生 98歳、元広島市長からのメッセージ 水嶋光一・駐韓日本大使は式に寄せた追悼の辞で「我が国は『核兵器のない世界』の実現に向けた現実的かつ実践的な取り組みを粘り強く着実に進めていく」とした。 韓国原爆被害者協会は韓国での法改正などを通じた被爆2世、3世などへの支援を求めているが、李会長によると、進展はないという。追悼施設の建設計画も進んでおらず、李会長は取材に「施設をつくり、原爆による被害の惨状を伝える教育の場にしなければならない」と訴えた。 さらに、国際社会で戦争や紛争が続くなか、「核兵器の開発や使用の禁止は言うまでもなく、核保有国が協議して核兵器をなくしていかなければならない。何より、戦争自体が起きないようにすることが必要だ」と話した。 追悼式では原爆による被害や世界平和に関する詩や作文で入賞した小、中、高校生らが表彰され、地元の中学3年の崔峻栄(チェジュンヨン)さんは取材に、今後も原爆の被害や核の問題について勉強していきたいとし、「核兵器がない世界が早く訪れることを願っている」と話した。 また、2歳の時に広島で被爆した沈鎮泰(シムジンテ)さん(83)は、別の追悼行事でのあいさつで「原爆被害者は生涯を病気や貧困の中で生きてきた」とし、日本や米国、韓国政府の対応を批判した。取材には「核実験でもこれまで多くの被害者が出ている。核兵器は地球上からなくさなければならない」と述べた。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人貝瀬秋彦ソウル支局長専門・関心分野朝鮮半島、東南アジア、核問題、人権問題関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする