インタビュー「銀河の一票」に漂う宮沢賢治の世界 門井慶喜さんが語る共通点は?宮田裕介印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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ドラマ「銀河の一票」(フジテレビ系、月曜夜10時)は、政治をテーマにしたドラマでありながら、宮沢賢治の言葉や世界観が感じられる作品です。賢治の生涯を父・政次郎の視点から描いた「銀河鉄道の父」で直木賞を受賞した作家・門井慶喜さんは、このドラマをどのように見ているのでしょうか。 ――「銀河の一票」をどう見ていますか。 面白いですね。政治ドラマは、現実の政治と照らし合わせながら見てしまうので、どうしても視聴者が色眼鏡で捉えがちだと思います。「政治の世界は、そんな理想的な世界じゃないよ」と、つい思ってしまう。 ただ、この作品は、そうした受け止め方に対するエクスキューズとして、宮沢賢治を使っているのかなと感じました。劇中には賢治の作品世界が随所にちりばめられています。賢治の世界観を織り込むことで、物語全体を洗い清めるような効果を生み出しているように思うんです。「少し理想に寄せた物語なんですよ」と、明確にしている。 だから、違和感を抱くことなく、すっと物語の中に入っていけました。「政治ドラマ」ではなく、「政治エンターテインメント」と銘打っているのも、シリアスな印象を避けるためでしょう。私自身、一つのフィクションの世界としてとても面白く見ています。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」の意味 ――第1話では、賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉が紹介されました。 賢治の「農民芸術概論綱要」に出てくる言葉ですね。いかにも宮沢賢治らしい言葉ですし、現代の政治ドラマにも使いやすい言葉を選んできたなと思いました。ただ、これは誤解を招きやすい言葉でもあります。これだけ抜き出すと「全体の幸福が先で、個人の幸福なんて後回しでいい」というふうに受け取られかねない。政治の文脈に置くと、なおさらそうなります。 でも、賢治は続けて、「自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する」と書いているんです。最初は「全体から個」のように見えるんですけど、次の行では今度は個から集団、社会、宇宙へと広がっていく。つまり、賢治の中では、どっちが先かということはない。個と全体は対立するものではなく、一致することが理想だということなんですね。 ――個と全体の両方なんですね。 個と全体の両方を取ろうとしたときに、この作品の舞台設定として非常にうまいと思ったのが、舞台を「都知事選」にしていることなんです。 国政でもなく、かといって地方の市長選でもない。そのちょうど中間に位置しているような選挙です。しかも中央か地方かで言えば地方で、日本で最も大きな地方自治体とも言えます。 都知事選だからこそ、個人にもリーチできるし、全体にもリーチしやすい。そういう構造になっているのかなと感じました。これが国政選挙だと、なかなかこうはいかないと思うんです。 劇中で、国会議員・日山流星(松下洸平)が「国政を降りる気はありません」と言うシーンがありました。「降りる」という言葉を使っていましたが、その言葉に政治の世界の意識、ある種の傲慢(ごうまん)さもよく表れている。 他方、与党幹事長の娘・茉莉を演じる黒木華さんと、都知事選に立候補するスナックのママ、あかりを演じる野呂佳代さんが演じる人物たちが、本来なら上がれるはずもない階段を一歩ずつ上っていこうとしている。この対比が非常にうまく描かれていると思いました。その構図が宮沢賢治の考える「個」と「集団」とも、構造的に重なっているように感じます。 ――政治の世界での対立や駆…この記事は有料記事です。残り1250文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人宮田裕介文化部|放送担当専門・関心分野放送、芸能、エンタメ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






